油汚れは「酸性」の嘘

皆さん、衣類についた油汚れは「酸性」だから、「アルカリ性」で中和することで落ちるという情報を聞いたことはないでしょうか?また、「だから中性洗剤よりアルカリ洗剤のほうが油汚れが落ちるんです」という情報を目にしたことはないでしょうか?

実はこれ、全部ウソなんです。

…というと驚く人もいるかもしれませんが、本当にこれは真っ赤なウソです。

よく語られるのは、下のような図です。

油汚れや皮脂汚れは酸性だから、アルカリ性で落ちる。逆に、

水垢や石鹸カスなどはアルカリ性だから、クエン酸などの酸性で落ちる、というもの。

これは典型的な間違いです。

一般的に、油汚れを落ちやすくするためにはアルカリ性の洗剤が使われることはありますが、それは中和しているわけではありません。実際、油汚れを落とすためには、例えば単にアルカリ電解水のような、アルカリ成分を入れただけの水を使用するだけでは不十分でです。今回は、その理由を化学的に解説します。

油は化学的には炭化水素(CH)の混合物であり、水と混ざりにくいため、単純な水だけでは十分に油汚れを落とすことはできません。また、「油が水に溶けると酸性になる」と言われますが、多くの人が知っている通り、油は水には溶けません。水に溶けないものは極性を持たない(無極性分子)ので、水にいくら油が入っても酸性にはなりません。ただ、植物油などは極微量、水が溶ける(分散している)ことがあり、ごく僅かなpHを示すことはあります。実際に、手元にあった下記の油のpHを試験紙で測ったところ、

  • サラダオイル 約pH7
  • オリーブオイル 約pH7〜8
  • MCTオイル 約pH7
  • ココナッツオイル 約pH6〜7
  • アマニ油 約pH7

とあり、モノによって微妙にpHを示しましたが、ほぼ中性といって間違いありません。

一般的に油汚れにはアルカリ性の洗剤が使用されますが、この場合、洗剤に含まれるアルカリ成分が油と反応して、石鹸と水とに分解されることで油汚れを除去する仕組みになっています。これを専門的には「鹸化」といいます。

【一般的な鹸化反応式】

C18H34O2 + KOH → C18H33O2K + H2O

  • C18H34O2(オレイン酸/皮脂や植物油に多く含まれる汚れ)
  • KOH(水酸化カリウム)
  • C18H33O2K(脂肪酸カリウム/石けん)
  • H2O(水)

具体的には、アルカリ性の洗剤中のアルカリ成分(例えば、水酸化カリウムや水酸化ナトリウムなど)が、油と反応して、脂肪酸塩を生成します。脂肪酸塩は石けんのことで、非常に水に溶けやすく、また、これ自体が界面活性剤の一種なので、油を水に溶かす力を持ちます。このようにして、油汚れはアルカリ電解水によって除去されます。ただし、この場合、鹸化に必要なpHは9.5以上、必要です。これ以下の弱いアルカリでは、ほとんど鹸化反応は起こしません。

つまり、よく使われる重曹や石けんのような、pHが8程度のアルカリでは、油汚れにはほとんど鹸化作用しません。

重曹で油汚れが落ちるとされるのは、一般的には研磨作用と吸着作用と解釈されています。石けんで油汚れが落ちるのは、石けんの界面活性効果です。

以上の理由から、油汚れを落とすためには、アルカリが最適であるとはいえません。つまり、「衣類に付着した油汚れは酸性だからアルカリ性で中和すると落ちる」というのは化学的には嘘です。その理由は、単純な中和ではなく、洗剤のアルカリ成分が油と反応して石鹸化しているからです。

もし、百歩譲って酸性の油汚れがアルカリによって中和されると仮定すると、中和されたものは化学的に均衡状態になるので、余計、落ちにくくなります。これを専門的にはル・シャトリエの法則といいます。

さらに、油は種類によっても落とし方が異なります。例えば、動物性の油や菜種油はアルカリ性の洗剤が有効ですが、皮脂は酵素を含む洗剤が効果的であることがあります。また、油の程度によっても落とし方が異なります。少量の油汚れであれば、アルカリ電解水で拭き取ることができますが、濃厚な油汚れや油の染み込んだ衣服の場合は、界面活性剤(洗剤)を使用することが必要です。また、弱アルカリ洗剤なら、むしろ乳化性の高い中性洗剤のほうが落としやすいケースもあります。

pH10の粉末洗剤(洗剤濃度15%)より、pH7の中性洗剤(洗剤濃度20%)のほうが油汚れが落ちやすい、という研究があります。

総じて言えるのは、衣服についた油汚れを落とすためには、アルカリ性の洗剤が有効であることが多いこともありますが、その原理は中和によるものではなく、鹸化によるものであることを理解し、洗剤の種類や油汚れの程度に応じた適切な洗浄方法を選択することが重要です。

ちなみに、洗濯で考えた場合、洗濯物につく汚れは油だけではなく、泥汚れやホコリ、サビのようなものがつくことがあります。これらの汚れはアルカリによって落ちにくくなることがあるので、アルカリ洗剤が中性洗剤より汚れ落ちが良いとは言い切れないことがあります。

重曹やお酢を使う「ナチュラルクリーン」のなかには、化学的に間違っていることも多いので注意してください。

ご参考

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